『カウンセリングとは何か』(東畑開人著/講談社/2025年)

カウンセリングに関してわかりやすく解説しています。
心理学の理論は難しいのですが、この本は一気に読めてしまうくらいわかりやすいです。
著者の東畑さんは精神分析のアプローチを主体にしており、その観点からどうカウンセリングが進んでいくのかが理解できます。
「自己−心−世界モデル」があります。
自己は、身体など自分ではコントロールできないものを指します。
世界は、自分の外の環境のことを指します。
心は、自己と世界の間にあるもので、両者からの影響を受けます。
カウンセリングには順調があり、まずは自己と世界にアプローチしていくといいます。
いきなり心へのアプローチはせず、たとえば環境を変えたり、身体が楽になるようにする方策をとったりしていく。
その上で、必要であれば、心へのアプローチを行う。
そこには専門家としての見立ても必要になります。
著者はカウンセリングを「作戦会議としてのカウンセリング」と「冒険としてのカウンセリング」とに分けています。
「作戦会議としてのカウンセリングは生活に関わります。日常を立て直すこと、毎日を維持すること、現実を破局の脅威から守ることを目指す。」(p. 169)
「冒険としてのカウンセリングは人生に関わる。誰とともに生きるか、何のために生きるか、自分とは何か。」(p. 169)
相手によってどちらのカウンセリングを行うかを見極める。
「作戦会議」は生活に関わるため、優先度は高まります。
緊急性がそこまでなければ、「冒険」で時間をかけてじっくりカウンセリングを行っていきます。
2000年代以降、経済の低迷や格差拡大などを背景とし、「冒険」よりも「作戦会議」が必要なケースが増えているようです。
「冒険」のアプローチでは、いかに心を揺らすかを考えていく。
我々は生きていく中で繊細なやわらかい心を鎧が覆うようになっていく。
その鎧を緩ませ、中のやわらかい部分を動かし、もう一度生き直す。
これを手助けするのがカウンセラーの役割。
「ユーザーの心の中で主流になっている物語に対して、カウンセラーの視点から見えた別の物語を語る(中略)異なる物語を並べることで、心を揺らしていくのが僕の仕事です。」(p. 421)
精神分析におけるカウンセラーの役割とは大変なものがあるなと感じました。
ユーザー(クライアント)とのやり取りの中で、カウンセラー自身も心を揺さぶられることになる。
ときには暴言を吐かれたりすることもある。
きっとカウンセラー自身が傷つくこともあるのでしょう。
すべてを引っくるめて相手と対峙し、自分の内面の揺れにも対応していかないといけない。
大変なお仕事です。
気になった部分があります。
本書でのカウンセリングは、精神分析のアプローチを主体にしています。
カウンセリングといっても様々な考え方があり、アプローチの仕方も異なります。
私が共感しているのは、カール・ロジャーズのクライアント中心療法です。
相手が成長できると信じ、傾聴と受容で寄り添い、クライアント自身の気づきで自己成長を促すアプローチです。
職場でのケア、キャリア相談などと相性が良く、産業カウンセラーやキャリアコンサルタントはこのアプローチがベースになっています。
精神分析のアプローチとは考え方が大きく異なります。
本書で考え方・アプローチの違いも解説はされているのですが、全体的に精神分析のアプローチを丁寧に長く説明している分、読者はこれを「カウンセリングのすべて」と捉えてしまわないかと危惧します。
つまり、「カウンセリング」というものがより敷居が高くなるのではないだろうか。
私はもっと気軽にカウンセリングを受けて心のケアをする世の中になればいいと思っています。
でも、この本を読んだ人の多くは、「カウンセリングとは本当につらくなったときに長い時間をかけて自分の心を生き直しケアしていくものだ」と捉えてしまうのではないだろうか。
精神分析のアプローチでは、カウンセリングが終わるまでに数年間を要することがある。
1年で終わることもあれば、10年続くこともあるといいます。
本当に必要な人がいる場合は、それも大事なことでしょう。
ただ、これだけ時間がかかるというのはどうなのかな?という疑問も残りました。
クライアントがカウンセリングに依存することにならないのだろうか?と。
それって本当に「カウンセリング」なのだろうか。
支援のあり方を考える機会になりました。
本書は豊富な文献の紹介もしています。
きっと著者の東畑さんは読書家でしょうね。
内容のある良い本でした。
