0941 『自由の命運』

『自由の命運』(上・下巻)(ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン著/早川書房/2020年)

2024年のノーベル経済学賞を受賞したアセモグルさんとロビンソンさんの本です。

本書は『国家はなぜ衰退するのか』の続編です。

「自由」のある社会の実現と維持がいかに困難かが描かれています。

自由を実現するためには、結集した社会が必要であるといいます。

国家は権力があるため、専横的になることもある。

国家と社会の力のバランスが取れている必要があり、お互いに高め合っていかないと「自由」は得られません。

本書で、強権的な独裁国家を「専横のリヴァイアサン」、国家なき社会を「不在のリヴァイアサン」、国家が社会から一定の抑制状態にあるのを「足枷のリヴァイアサン」と呼んでいます。

国家と社会が共に高め合っている状態を「赤の女王」とし、足枷のリヴァイアサンで赤の女王効果を得ている状態を維持することは難しくそれを「狭い回廊」としています。

そこから外れることもあるし、ふとしたことで回廊に戻ることもあります。

さまざまな国家の事例をもとに説明しています。

「自由」といえば米国。

米国が「自由」を持てた理由をこう述べています。

「憲法の巧妙な設計のたまものであるのと同じくらい、社会的動員のたまものである」(下巻 p. 162)

社会が結集して国家に対抗してきたことが、国家にブレーキをかけることになったということです。

そんな米国も少しずつ変化している。

米国は社会や政府からの監視を受けずに発達している領域があり、足枷を外しつつあるのではないかという指摘もなされています。

たとえば、スノーデンのリークによって明るみになりましたが、国家が国民に黙って通話履歴やネットデータの監視を行っているといったことが挙げられます。

「もしも赤の女王の力学がエリートの立場をますます有利にし、やがてエリートの専横が始まるだろうという悲観的な見通しを人々がもつようになれば、人々はエリートの支配する政権よりも、市民の利益により配慮してくれるかもしれないという一縷の望みを抱いて、説明責任を負わない専制君主に権力を渡すことを選ぶかもしれない。」(下巻 p. 282)

この部分を読んで、先日読んだシェイクスピアの『コリオレーナス』を思い出しました。

エリートの独裁を阻止するためには、市民の参加が必要である。

共通した考えです。また、米国はこの流れに入っていないだろうか?といった疑問も感じました。

「自由」を維持し続けるにはどうすればいいのか。

人の「権利」の普遍的な認識を社会全体で行うことが大事になるとしています。

それは国家に対して声を上げる原動力になる。

国家も社会も同時に走り続けることで、バランスが均衡し、能力も拡大していく。

「人間の進歩は、国家が新たな課題に応答し、新旧のすべての支配に対抗する能力を拡大できるかどうかにかかっている。だが社会がそれを要求し、すべての人の権利を擁護するために立ち上がらない限り、国家の能力拡大が起こることはない。」(下巻 p. 390)

難しい本でしたが、学びを得ることができました。

シェイクスピアと繋がったという読書体験も格別でした。

経営経験やコーチングの実践を通じて、深い対話により経営の選択肢を広げ、納得感のある意思決定をご支援しています。また、組織やチームの関係性を育む支援に取り組んでいます。3Cサポーター/中小企業診断士
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