『国家はなぜ衰退するのか(上)』(ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン著/早川書房)

2024年のノーベル経済学賞を受賞したアセモグルさんとロビンソンさんの本です。
成長して豊かになる国がある一方で貧しい国も多くあるが、両者の違いはどこにあるか。
これが本書のテーマとなっています。
「包括的制度」と「収奪的制度」の対比が示されます。
包括的制度とは大多数の人々が参加できる制度です。
収奪的制度とは一部の人々や団体が富や権力を独占し多くの人々が搾取される制度を指します。
成長し豊かな状況が持続する国は、包括的制度を有しています。
そして、それぞれ経済制度と政治制度に分かれます。
「ある国が貧しいか裕福かを決めるのに重要な役割を果たすのは経済制度だが、国がどんな経済制度を持つかを決めるのは政治と政治制度だ」(p.93)
包括的経済制度は、経済活動が活発化され、生産性の向上も促し、結果的に経済の繁栄を促します。
「包括的(inclusive)な経済制度は、大多数の人々が経済活動に参加できるし、またそう促す制度である。こうした経済活動を通じて人々は才能や技術を最大限に活用し、個人はみずから望む選択をする。」(p.141)
そして、包括的政治制度は「十分に中央集権化された多元的な政治制度」(p.149)と定義されます。
収奪的制度は包括的制度と反対の性質を持ちます。
収奪的制度で往々にして見られるのは、権力を持つ層が自らの地位の揺らぎへの恐怖心から、経済発展を促す制度や新たなイノベーションに抵抗するということです。
国の発展よりも自分の地位を優先し弾圧なども行う。
たとえ収奪的制度で成長できたとしても一過性であることが多い。
それは、成長があくまでも既存の技術に基づくものであり、新たなイノベーションを受け入れないためです。
本書は、これらの概念を世界の歴史を紐解きながら検証していきます。
「十九世紀以降、産業革命は、変化を生み出す決定的な岐路を世界全体にもたらした。国民に対して新しい技術に投資するのを認めただけでなく、投資するインセンティヴを与えた社会は急速に発展した。しかし、世界中の多くの国がそうできなかった。とういうよりも、あえてそうしなかった。収奪的な政治・経済制度が確立された国家では、そうしたインセンティヴは生まれたなかったのだ。」(p.386)
下巻を読み進めるのが楽しみです。
