『わかったつもり 読解力がつかない本当の原因』(西林 克彦著/光文社)

この本は面白かったです。
文章を読むときにどのくらい理解しているのか、いつも課題として感じています。
読めていると思っていても、実は「わかったつもり」になっているのではないか。
この「わかったつもり」のメカニズムを丁寧に解説してくれています。
文章が「わからない」から「わかった」へ移行する際には部分間に関連性がついた状態です。
その関連性がより緊密になると、「よりわかった」という状態になります。
文章を一読して理解できたと思っている状態は「わかったつもり」が多い。
理解できたと思っているので、それ以上疑問も起きず、不足もない。
でも、違った「文脈」で捉え直すと、違った意味が引き出され深掘りができます。
そして、その状態は「よりわかった」状態になる。
この「わかったつもり」を壊す過程では、「矛盾」や「無関連」が出てくる。
「『わからない』状態の克服は、『矛盾』を引き起こしている部分間に、また『関連のついていない』部分間に、関連をつける作業によってなされます。」(p.176)
「文脈の交換によって、新しい意味が引き出せるということは、その文脈を使わなければ、私たちにはその意味が見えなかっただろうということです。」(p.178)
この「よりわかった」状態は、新たな「わかったつもり」とみなすこともできる。
つまり、文章の理解には果てしない探究が必要ということです。
文章の理解が「正しい」かどうかではなく、「整合的」であるかが大事だと指摘しています。
「自らの解釈の『正しさ』を信じたり、『正しさ』を強調することは、他の解釈を排除することにつながりかねません。(中略)解釈が妥当であるかどうかを『正しさ』に求めるのではなくて、周辺の記述や他の部分の記述との『整合性』だけに求めたい」(p.194)
この考え方を知ることができて良かったです。
文章の解釈は人それぞれで良いと思っていたのですが、自分の解釈にそこまで自信を持てずにいました。
でも、「正しさ」ではなく「整合性」を基準とすればいい。
整合性が取れていれば自分の解釈でも良いのだということがわかり、安心しました。
「わかったつもり」の状態がどういったものかが理解できました。
この「わかったつもり」をどう自分で壊して、「よりわかった」状態へ移行できるのか。
ここはハードルが高いと個人的には思っています。
一読するときに深い読みができれば良いのですが、そこはなかなか難しい。
どこまで追求するかは自分次第。
さっと読みたい文章もあれば、じっくり読み込みたいものもある。
読む内容によっても、追求する度合いが変わってくるのだろうと思います。
いずれにせよ、自分の読みは「わかったつもり」であるという自覚は持っていようと思います。
