日経新聞の夕刊で連載されている小説が毎日の楽しみのひとつになっています。
朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』。

連載される小説を日々読んでいくという読み方は初めてです。
少しずつ進んでいくのでストーリーがわからなくなってしまわないかと思ったのですが、そんなことはないですね。
最近、考えさせられる記述がありました。
バイト先の友達ユリちゃんは自分とは違って、自由に生きており、どんな環境でも生きていけるという自信もある。バイト先で新しい人が入ってきても気軽に声をかけるし、どんな状況でも冷静に目の前のことを片付けていく。頭で考える前に行動を起こす。
バイト先のお店には本社から視察が来る。現場のスタッフの動線の邪魔になるところに立ち、ああでもないこうでもないと文句をつけて帰っていく。そして、新メニューやキャンペーンを企画し、あたかも現場の声から生まれた企画で、これが成功しなければお店が終わる、世界が終わるくらいの勢いで現場に通達してくる。
「でも、当たり前だけど、そんなことにはならない。本当にあの店が終わるときがあるとすれば、それは、ユリちゃんが辞めたときだ。」(108回)
最後のセリフに唸ってしまいました。
私は以前、大手スーパーマーケットの本部側で働いていました。お店で働いた経験はなく、本部目線で様々な取り組みを行っていました。
お店の生産性を上げるための取り組みに関わっているとき、現場を回りスタッフの意見も聞きながら提案をまとめていきました。そして、それを現場経験豊富な上司に見せたときに言われたことが心に残っています。
「現場を無視したら物事は進まない。もっと現場に入ってスタッフの声に耳を傾けて、スタッフが動いてもらえるような取り組み内容にしなさい。」
何度も現場に足を運びまとめていった提案だったので、当時の私はムっとしました。
今から思うと、まだまだ現場の声を聞くという作業が不足していたことを、現場目線で指摘してくれたのだと思います。
本部機能というのは頭でっかちになることがあります。
大きい会社であればあるほど、外資系であればあるほど、そのような傾向も強くなるのではないでしょうか。
現場のことを考えていると口では言いますが、実際には上(上司)しか見ていない。自分の保身が優先になっている人がどれだけ多いか。
そういう現実を20代で見ることができました。
最近よくそのことを思い出します。
あの人たちは何のために働いているんだろう? お客様が誰かわかっているのだろうか? 自分の報酬が上がればそれでいいのだろうか? 本当にそれが良心に沿うものなのだろうか?と。
朝井リョウさんの小説を読んでいて、前述のセリフに心が揺さぶられました。
的を射ているなと。
こういった瞬間に出会えるのも、また小説を読む楽しみです。
