『美術の物語』(ポケット版)(エルンスト・H・ゴンブリッチ著/河出書房新社/2024年)

1950年に初版が刊行され、長い間読まれ続けている美術史の本です。
西洋美術を中心に20世紀までの美術の変遷が描かれています。
時代ごとの美術様式や、時代背景、芸術家がどういったことを考えていたかを、400点近い作品と共に解説しています。
美術というものは、常に問題が生まれそれを解決することの繰り返しで進化してきたんだということがわかりました。
「問題のひとつが解決すると、それがどんなに息を呑むような解決でも、どこか別のところで新たな問題が発生し、次の世代の芸術家たちは色彩と形態の新たな可能性を追求することになる。」(p. 459)
たとえば、ピカソ。
「へんな形の絵がなぜ評価高いんだろう?」って初めて触れた多くの人は思うのではないでしょうか。
私は最初観たとき、何がいいのかさっぱりわかりませんでした。
でも、そこには、そこに行き着いたちゃんとした理由(流れ)があるんですよね。
「単純な物を構成して1枚の絵にしながら、立体感と奥行きを失わない方法があるのではないか。ピカソがセザンヌに立ち返ったのは、こういう問題意識からだった。」(p. 442)
前の世代の型を疑問視し、新たな表現方法を模索した結果ということです。
このように考えていくと、目の前の作品を自分が好きかどうかで判断するのでもいいとは思うのですが、同時に、もう一歩前に踏み込まないとその作品が自分の域を超えないなと思いました。
有名なムンクの「叫び」。
この作品が展示されていたら、私はその場でずっと見ていたくなると思います。
でも、それは、この作品が有名だからです(笑)。
あの形で表現したいと思った画家の思いや時代背景を踏まえて作品を見ることができると、もっと作品が理解できるし、深みの伝わり方が変わるのだと思います。
興味深かったのは、西洋美術史の多くの部分では、芸術家は古代ギリシャへの憧れがあったということ。
なんとなく不思議です。
西洋の人たちの中での古代ギリシャへの思いというのは、どういう感覚なのだろうか。
私にはわからない部分です。
また、美術がキリスト教に密接につながっていたということも理解できました。
聖書の内容などを描くことが画家の仕事だった。
時代が進むにつれ、王や貴族などの肖像を描きはじめますが、画家は雇われで要求されていることをこなす職人だった。
「芸術家とは自己表現する人」というイメージがあったのですが、歴史を見ていくとそんなことは全くなかった。
自己表現って言われ出したのはこの100年前後なのだということがわかりました。
本書の中で東洋美術に触れている部分があります。
中国の山水画と、日本の浮世絵です。
中国の山水画は、何かを表現するための絵ではなく、「瞑想」のための絵だったと。
「中国の宗教美術は、仏陀や中国の祖師たちの伝説を伝えたり、特定の教義を教えこんだりするためというより、瞑想の手段として利用されるようになった。」(p. 114)
馬遠の「観月図」、高克恭の「雨山図」が載せてあるのですが、それらを見ていると心が落ち着くような気がしてきます。
日本の浮世絵は19世紀のヨーロッパの画家たちに大きな影響を与えました。
今まで自分たちが伝統的に一定の枠の中で絵を描いていたが、浮世絵はその枠を大きく外しているように見えた。
「彼らはアカデミーの約束事や紋切り型を抜け出すのに苦労していたが、浮世絵という伝統美術はそんなものには毒されていなかった。浮世絵を見ていると、自分たちがそれと気づかぬままに、ヨーロッパの伝統をどれほど背負わされているかがわかった。日本人は、因襲にとらわれない予想外の視点から世界を眺めて楽しんでいる。」(p. 402)
美術は背景がわかると本当に面白いものです。
今後美術館へ行く際は、また違った視点で作品を鑑賞できそうな気がしています。
いい本に出会いました。
この本自体が素晴らしい作品です。
