『こころ』(夏目漱石著/集英社/1991年発売)

はたしてこの分量の手紙を書けるのだろうか。
400字詰め原稿用紙だと300枚近くになる。
読み手も一日がかりだ。
書生である「私」と「先生」との交流の中で、「先生」が過去の過ちに苦しんでいる姿が浮き彫りになっていきます。
主人公は「私」なのですが、小説の中盤から最後までは「先生」の手紙になります。
語り手が「先生」へシフトする。
中盤まで客観的に眺めていた読者は、手紙の登場で、気がついたら「私」と一緒に手紙を読む立場になっている。
自分が主人公になった気になさえなってくる。
手紙が終わると同時にこの小説もエンディングを迎えるわけですが、この手紙に対する「私」の反応が描かれることはありません。
読者に委ねられている。
「先生」は死ぬために書いている。
なぜ死を選ばなければならないのか、なぜ妻を置いて死を選ぶのか、しかも妻には理由も知らせずに。
「死んだつもりで生きていこうと決心した私の心は、時々外界の刺戟で躍り上がりました。しかし私がどの方面かへ切って出ようと思い立つや否や、恐ろしい力がどこからか出て来て、私の心をぐいと握り締めて少しも動けないようにするのです。そうしてその力が私にお前は何をする資格もない男だと抑え付けるようにいって聞かせます。すると私はその一言で直ぐたりと萎れてしまいます。しばらくしてまた立ちあがろうとすると、また締め付けられます。私は歯を食いしばって、何で他の邪魔をするのかと怒鳴り付けます。不可思議な力は冷やかな声で笑います。自分でよく知っているくせにといいます。私はまたぐたりとなります。」
(p.288)
こころがいかにじゃじゃ馬であるかがよくわかります。
手綱をしっかり握っていても引っ張られていく。
誰もが手懐けられずに苦しみ、もがき、葛藤する。
人生経験を積むにしたがい「先生」の手紙をどう読むかが変わりそうです。
手紙は「先生」の告白です。
過去を話しながらこれまでの人生を生き直しているともいえる。
誰にも話せなかったこころの陰。
知ってほしい、理解してほしい、ひとりでもいいから自分のことを受け止めてほしい。
きっと書かざるを得なかったんです、どれだけ長くなろうと書かずにはいられなかったんです。
私は救われるために書くのだと思ってきました。
だから毎日のように何かしら書いている。
もしかしたら終わるためなのではないのかと、この文章を書きながら、しずかに考え込んでいます。
