『親和力』(ゲーテ著/柴田翔訳/講談社/1997年)

「縁」という考え方が好きです。
そのタイミングだから出会う人、出来事、本、もの。
あらかじめ決められているのではないかとさえ思える。
なにか見えない力で動かされているような気分になり、本来なら他者からコントロールされるのは嫌いなタチですが、なぜか自分の身を委ねたくなります。
いまゲーテを旅しています。
『ファウスト』につづき『親和力』。
成熟したゲーテが書く小説とはどういうものなのか、寝る前の静かな時間で読み進めました。
「中年の恋愛小説か」
軽い気持ちで読み始めてはみたものの、半分過ぎたころからは安眠のための読書が、格闘の時間へ変わっていきました。
資産家の夫と妻の生活の中に、夫の友人、妻の姪が加わります。
共同生活で、夫と姪、妻と友人の距離が近づいていきます。
これだけだと恋のバトルと嫉妬と混乱を想像しますが、なぜか4名の心持ちは穏やかなんです。
夫が姪に気持ちが寄っていっても、妻は感情的になったり、嫉妬で狂ったりといったことはない。
妻と友人の距離が近づいているのを見ても、夫はどこ吹く風。
友人も姪も、不倫ということへの抵抗感があまり見られない。
4人とも周りに優しい、やけに物わかりが良い。
これが中年の恋愛なのか、夫婦の関係が冷えているだけなのか、自由の謳歌なのか。
それでも「このままではいけない」と思った妻は、遠くの仕事を紹介することで友人との距離を置き、夫へもしばらく離れるよう要請します。
妻と姪のみの生活を送る中、夫は軍務に就きますが姪への思いは募るばかり。
姪は自分の気持ちを偽りながらも会わないようにしていましたが、夫が戻ってきたときに再会することになります。
姪は抱える苦悩の重さに耐えきれなく、次第に食も細り命を落としてしまう。
夫もつられるように衰弱し眠りにつきます。
2人の遺体は礼拝堂に揃って安置されます。
「親和力」とは化学の言葉で、元素の結合のしやすさを指します。
元素は結合しやすい組み合わせと、離れる組み合わせとがある。
結合しやすいもの同士は、どんな力が加わっても最終的には引き寄せ合うものであり、それが夫と姪であったという見方もできる。
最後は死によって結ばれた。
でも、私は逆だと捉えました。
どれだけ頑張っても、どれだけ思っても、何をしても、夫と姪は結合できない組み合わせだった。
少なくとも夫と妻の方が組み合わせは良い。
化学の親和力は条件によっても変わるといいます。
時間が経てば、周りの環境が変われば、関係性が徐々に変化するのも不思議ではない。
それならば、結合のしやすさの前に、導かれるかどうかの方が力を持つのではないか。
親和力で組み合わせをうんぬんして将来が不安になるくらいなら、ご縁というものにすべてを任せる生き方の方が私には合っています。
ご縁を大事にするほど「いま、ここ」が際立つ。
私の中の『ファウスト』は「いま、ここ」を体現したことで魂が救済された物語になっていますが、『親和力』にも「いま、ここ」を持ち込んでおきたいと思います。
