『わかりあえないことから』(平田オリザ著/講談社/2012年)

あのときの言葉がずっと頭の片隅に残っていました。
「この本はとても良いよ」
職場の先輩がすすめてくれました。
演劇の平田オリザさんの本ということもあり、いつかは読んでみようかなと思いつつ、本屋に行くわけでもなく、Amazonのカートに追加することもなく、そのままでした。
いつからか覚えていませんが、この本が私の本棚に並ぶようになりました。
手をつけないまま、数回の引越しでもついてきた。
昔の日本社会は同じような価値観や物の見方をしてきたムラ社会であり、それを平田さんは「わかりあう文化」と呼びます。
現代は多様な価値観が混ざり合い、グローバル化もあり、「わかりあえない」ことを前提にしていかないとコミュニケーションはうまくいきません。
「対話的な精神」が必要である。
「できることなら、異なる価値観を持った人と出会って議論を重ねたことで、自分の考えが変わっていくことに喜びさえも見いだす態度」(p. 103)
本書は2012年に刊行されたものですが、当時はこの考え方がどのくらいのインパクトを持っていたのだろうか。
今となればこの考えもすんなり入ってきます。
時間が経った本を読むとき、今の書き手はまた違った考え方をしているのではないかな、あるいは今の考え方の前段階が書かれているのではないかなと思いながらページを繰ります。
そういう読み方をしているとなかなか心に響いてきません。
それでも思わずページが止まった瞬間がありました。
「男女を問わず、職場では、こういった少し丁寧な言い回しを、役職の上下を問わず地道に習慣づけていく。それ以外に、新しい『対話』の言葉を定着させる方策はない。では、このとき変わっていかなければならいのは誰だろう。一目瞭然、言葉遣いをもっとも改めなければならないのは、年長の男性だ。」(p. 122)
「年長の男性だ」は10年前だから合う表現で、今ではどうかなと思いながらも、ここで書かれていることは、きっと10年前だったら素通りしていただろうと思う。
中小企業への支援では心理的安全性の大切さを伝える機会が多いのですが、私の中で「言葉遣い」という視点が抜けていたことに気づきました。
上司から部下に対して「それどう思う?」と問いかけることに何も問題を感じていませんでしたが、「それどう思いますか?」にするだけで確実に変わるものがある。
なぜ今この本を開いたのか。
あのときに先輩がすすめてくれなくても、どこかでは出会っていた本だとは思います。
でも、やっぱりあの言葉に大きく導かれたのだと思っています。
