0971 それは日本的なのだろうか

トランプ大統領が来日しました。

高市首相がトランプ大統領と良好な関係が築けたようで良かったと思います。

高市首相がトランプ大統領へ「ノーベル平和賞に推薦する」と伝えたそうです。

このニュースを見たとき、とても違和感がありました。

ずいぶんと政治的だなと。

日経新聞電子版(2025/10/28)によると、タイとカンボジアの紛争終結に尽力したことや、イスラエルとハマスの停戦合意が推薦の理由となっているようです。

タイとカンボジアが和平に向けた共同宣言に署名したのは、「トランプ氏の顔を立てた側面が強い」(読売オンライン2025/10/27)との見方があります。

イスラエルとハマスの停戦も、今後どうなるかまだわからない状態です。

この状態でも日本国として「ノーベル平和賞に推薦」するのでしょうか。

ノーベル平和賞の選考基準は「国家間の友愛、常備軍の廃止または削減、平和会議の開催・促進のために最大または最善の仕事をした人」のようです。

表面的な結果があれば、意図はどうであれ、選考基準にかなうのでしょうか。

結果に重心を置くならば、たとえば「顔を立てた功績」でも良いのでしょう。

意図までも重視するならば、もう少し考えないといけない・・・本当に推薦に値するのかと。

日本のトップがこう表明することは、「日本人の価値観は結果さえ出るなら意図はどうでもいい」と表明することにならないか。

日本の文化は意図の方を重視してきたと私は思っています。

だからこそ、「ノーベル平和賞への推薦」にはモヤモヤ感がありました。

もう少し経って「トランプさんがやったことで紛争がおさまったよね」と誰もが思える時が来たなら、そのときに推薦でもいいのではないか。

政治的であるということも理解しています。

でも、なんだか、すごく白けてしまう感じがあります。

経営経験やコーチングの実践を通じて、深い対話により経営の選択肢を広げ、納得感のある意思決定をご支援しています。また、組織やチームの関係性を育む支援に取り組んでいます。3Cサポーター/中小企業診断士
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