『今を生きるための現代詩』(渡邊 十絲子著/講談社/2013年)

詩には興味があるのですが、どうやって読めばいいかがわからない。
そんなときに本書に目がとまりました。
本書を読んでいると、詩は自由に読んでいいということがわかります。
国語の教科書に詩が載っていて、授業で詩を取り上げられていた記憶はあります。
そもそも学校はテストで「正解」かどうかを採点する必要があるため、自ずと「正解」がある形の教え方になってしまう。
それが多くの人が「詩がわからない」状態になる要因のひとつであると著者は指摘します。
「現代詩はむずかしい。でも、むずかしいからおもしろいのだ。みなさん、人に強いられて詩を解読したつまらない体験は忘れましょう。人がいいという詩がぜんぜんよく思えないことは、詩人にもあります。いいと思えるものを見つけて、好きなだけ時間をかけて読んでください。」(p. 16-17)
美術館に行くと、絵の技法がわからなくても、なんとなく衝撃を受ける作品に出会えることがあります。
その場から動けなくなる、そこでずっとその作品を見ていたくなる、そんな瞬間があります。
詩も同じで、自由に接し、心に響いたものを大切にする。
そんな接し方でいいということがわかりました。
「詩は、たぶん、『言いあらわしたいこと』より『ことばの美的な運用』が優先されるものなのだ。だから、書いた本人も自分がそんなことを書くなんて思いもよらなかったことが書かれることもあるし、書いた本人だからといってその一編の詩を完全に読み解けるわけでもない。」(p. 200)
伝えたいものがあるから、詩という形にするのだと思っていました。
でも、何かを伝えようとするよりも、日本語の持つ美を表そうとすることだってあるということです。
日本は特殊な言語だともいわれます。
同じ音の言葉が数えきれないくらいある。
文字として見える状態になって、意味がわかることもある。
そういった特殊性を活かした表現をする作者もいると。
同じ言葉でも、漢字で表現するのか、ひらがなで表現するのか、カタカナで表現するかでは、受ける印象が異なります。
改行や句読点の付け方でも、意味の通りや、受ける印象も変わってきます。
そういった視覚的な美の要素も詩の魅力のひとつということです。
本書を読んで気分が楽になりました。
まずは、ゆったりいろいろな詩に触れてみたいと思います。
