『それでも、対話をはじめよう』(アダム・カヘン著/英治出版/2023年)

世界で著名な対話ファシリテーターのアダム・カヘンさんの著書です。
「彼は世界五〇カ国で、民族対立や和平後の国づくり、医療問題や食糧問題、気候変動などさまざまな課題に取り組み、その中には国内外から驚きをもって讃えられるような成果を導いたプロジェクトが数多く含まれます。」(p. 194 / 訳者解説)
そういう方がどういうマインドで対話の場をデザインしているかに興味があり、本書を手に取りました。
アダム・カヘンさんの初期の著書でもあり、実体験で培ったベースとなる考え方がまとめられています。
オープンになって話すこと、オープンになって聞くことの大切さが書かれています。
「『どうすれば手ごわい問題を平和的に解決できるのだろうか?』と考えるようなっていたのだ。その答えは、シンプルかつ実用的であることがわかった。『オープンになって話すことと聞くこと』である。」(p. 62)
話すこと・聞くことの4つのモードが示されています(p. 135-136)。
- ダウンローディング:自分自身のストーリーの中から聞く
- ディベート:客観的に、外側から互いの話やアイデアを聞く
- 内省的な対話:内省的に自分自身に耳を傾け、共感的に他人の話を聞く
- 生成的な対話:自分自身の中や他者の中からだけでなく、システム全体から聞く
4番目の生成的な対話にどう導けるかがポイントになります。
生成的な対話での「システム全体から聞く」というのはどういうことか。
巻末で訳者の小田理一郎さんがわかりやすい解説をしています。
「人間の尊厳や一人ひとりの秘めた最高の潜在的可能性など、私たちの誰もが内にもち、ないがしろにしてはならない大切なことが、『神聖』なものとなります。私たちは、この神聖なものに触れたとき、生成的に話すことができます。」(p. 222)
ファシリテーターとしての姿勢として、アダム・カヘンさんはこう述べています。
「私がリーダーやファシリテーターとして自分の力を最大限に発揮できるのは、リラックスした状態で心がそこに存在し、何が起きているかに向き合えるときである。(中略)私がリーダーとして失敗するのは、自分が実現させたいこと、無理にでも実現したいことに心を奪われ、実際に起きていることを見逃してしまうときだ。」(p. 158-159)
この部分を読んだとき、私の中で「無心」という言葉が浮かびました。
剣道では、日々の厳しい稽古があり、相手と剣を交えるときは無心になることを目指します。
無心になれると、自然と体が動き相手を制することができます。
学生時代そのような経験をしたことがあります。
また、演技の中で「その場に生きる」ということとも重なると思いました。
本番までは役作りを含め徹底的な準備をし、いざ舞台に立ったら準備してきたものは全て忘れ「その場を生きる」ことが大事になります。
それができると、考えていた演技ではなく、相手とのやり取りでその場を生きることができるようになる。
つまり、ファシリテーションは、剣道の無心や、演技の舞台での在り方とも共通しているのです。
私はこれまで、コミュニケーション関連では、スタニスラフスキーの演技論、ロジャーズの傾聴、コーチング、エドガー・シャイン、対話型組織開発、心理的安全性、ガーゲンの社会構成主義などを深く学んできました。
本書はまさしく、それらのエッセンスが散りばめられていると感じました。
そして、感銘を受けた部分は、アダム・カヘンさんは実践を通してこれらのものを積み上げてきたというところです。
なかなかできるものではありません。
アダム・カヘンさんの著書を集中的に読んで理解を深めていきたいと考えています。
