「問い」とは何かを考えています。
お客様と対峙したときに発する「問いの在り方」とは何か。
自分にとって目指す「問いのアート」とは何か。
相手に「気づき」を促すことを意識しています。
ただ、「気づかせたい」で問いを行うと、それは「誘導」になってしまいます。
自分の何かしらの意図が挟むためです。
それは、相手軸ではなく自分軸になっているということを意味します。
本当の問いとは、相手を誘導せずに、相手が気づきを得ることではないか。
相手を誘導しないなら、対話がどういう流れになるか自分ではわからない。
だからこそ、そこで自分の感性や直感が大事になるし、その場は即興になる。
そういう状態にいることができれば、相手が気づきを得たときには、その気づきは自分にとっても新鮮なものとなるはずです。
つまりはこういうことではないかと思いました。
「完全に相手の立場でいることができたら、そこでの問いは誘導ではなく、相手と共鳴し合う問いになる」
10年前に学んだカール・ロジャーズの考え方に再度立ち戻りたくなってきました。
もう少し「問い」の旅をしてみたいと思います。
