『教養の書』(戸田山和久著/筑摩書房)

「教養」とは何かが書かれています。
著者の戸田山さんは大学の教授であり、本書は学生をターゲットに書かれています。
語り口調で書いてあるため、読んでいて面白く、理解もしやすい本です。
学生向けに書かれているとはいえ、どの年代の人が読んでも学びの多い内容となっています。
知識だけでは教養とは言えませんが、それでも最低限の知識は必要であると言います。
海外の映画など、一定の知識(宗教や歴史など)がないと理解しづらいセリフだったり、ユーモアがあったりします。
わからない人はすんなり聞いてしまいますが、わかる人には深い意味があることがわかる。
なにもメッセージ性の強い映画だけでなくても、気軽に観られるアクション映画でも、そのような知的な部分が作品の裏に隠されていることも多いようです。
教養への道を歩き始めるには、まずは自分自身と向き合う必要が出てきます。
何かを知ることで今まで信じてきたことが崩れるかもしれません。
ときにはそれが許せず困惑したり、抵抗したり、苦しんだり、逃げ出したり。
でも前に進む勇気を持てと著者は言います。
教養を身につけていくためには読書が欠かせません。
「教養ある人は読書を通じて縦につながる。(中略)人類の文化遺産を継承するリレーの担い手になるという意味だ。」(p.93)
昔の書物を読むこと、現代の書物を読むこと、どの世代も繰り返していくことで人類が残した「知」を次の世代へ継承していくことにつながる。
読書を通じてリレーの担い手になっている。
素敵な見方だと思います。
教養への道を進んでいくために知っておきたい考え方もいくつか紹介されています。
「わかったつもり」から抜け出すためには相対化が重要だといいます。
相対化して見るために3つの方法が提示されています。
- 視点を変える
- 「他者」と出会う
- 歴史を遡る
位置、立場、役割を変えることで違う視点を持つこと。
今の時代に生きている他者以外にも、読書を通じて過去の他者とつながること。
歴史を見ていくこと。
この3点はつねに意識しておきたい部分だと思いました。
語彙に関して面白いことが書かれています。
「語彙は思考と結びついている。語彙が貧弱だと思考も貧弱になる。」(p.256)
意識的に語彙を増やしていきなさいと。
母国語だからといって意識しないと語彙力は増えていきません。
確かにわからない言葉は多い。
また、どの言葉を自分が選択するかが自分自身を司ることにもなるといいます。
言葉の選択にも意識を配ること。
例えば、「めっちゃ」という言葉を使うのか、「とても」という言葉を使うのか。
「語彙が貧弱だと思考も貧弱になる」という言葉で思い出したことがあります。
産業カウンセラーの訓練を受けていたとき、先生がこう言っていました。
「カウンセラーとして相手の感情に気づく力をつけるには、感情を表す言葉をたくさん知らなければいけない。」
感情に対する語彙力がないと、感情の特定もできないということです。
教養をどう身につけるか。
終わりのない道ですね。
本書からいくつか気づきも得られました。
10年後にまた読み返してみたい本です。
