1131 エナジードリンク

なんべんも来た部屋だった。

暑さの残る薄暗い金曜日の午後3時だった。

顧問税理士M先生が4人がけの机にエナジードリンクをそっと置いた。

「はい、これは社長用です」

私の隣には現場から退いて5年ほど経つK会長がM先生と向き合うように座っていた。

M先生はどう言葉をかけてよいのか思案するように、フィンガー5のような昭和なメガネの奥から私をじっと見つめている。

「Aさんに辞めてもらうことにしました」

「この前Aさんから挨拶の電話がありました・・・」

「あとは残ったメンバーでなんとかやっていこうと思います」

エアコンの音が大きくなった。

「Aさんがいなくて事務処理は大丈夫ですか?」

私は「なんとかします」と力強く答えた。

M先生が横に視線を移動させると、資料に目を落としていたK会長がぼそっと言った。

「なんで辞めさせるなんてしたのでしょうねえ。この話は寝耳に水でしたよ。考え直されたらいかがですか」

「・・・・」

60歳を超えたAさんに辞めてもらうことはK会長も了承済みであった。

資料を触りながら続けた。

「自己保身・・・。リーダーは自己保身に走ったらダメですよね。周りは見ていますよ」

張っていた糸が切れるように、力んで凝り固まっていた両肩が急に緩んでいった。

私が社長としていかに無能かを滔々と話すご老体の声が、だんだんとうすくなっていく。

「社長はまだ若いから他へ行ってもまだなんとかなります。うちの会社にはもったいない」

もういいや。

翌日、私は墨をすった。

2週間後、同じ部屋にいた。

右手の窓から明るい陽が差している。

K会長はM先生へ報告した。

「Aさんを辞めさせることを取りやめました」

M先生は安堵したように見えたが、こわばった顔で私に視線を向けた。

「社長も考え直してくださいよ」

「いえ、もう決めましたから」

「このままだと・・・。そこをなんとか考えられませんかね」

「決めたことですから」

「K会長、それでいいんですか」

「・・・・」

「もう、社長も頑固なんだから」

私はエナジードリンクを飲み干した。

うまい。

壁にかかっている風景画を見ながら、K会長から「戻ってきて欲しい」の言葉が出ないことをただ願っていた。

経営経験やコーチングの実践を通じて、深い対話により経営の選択肢を広げ、納得感のある意思決定をご支援しています。また、組織やチームの関係性を育む支援に取り組んでいます。3Cサポーター/中小企業診断士
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