なんべんも来た部屋だった。
暑さの残る薄暗い金曜日の午後3時だった。
顧問税理士M先生が4人がけの机にエナジードリンクをそっと置いた。
「はい、これは社長用です」
私の隣には現場から退いて5年ほど経つK会長がM先生と向き合うように座っていた。
M先生はどう言葉をかけてよいのか思案するように、フィンガー5のような昭和なメガネの奥から私をじっと見つめている。
「Aさんに辞めてもらうことにしました」
「この前Aさんから挨拶の電話がありました・・・」
「あとは残ったメンバーでなんとかやっていこうと思います」
エアコンの音が大きくなった。
「Aさんがいなくて事務処理は大丈夫ですか?」
私は「なんとかします」と力強く答えた。
M先生が横に視線を移動させると、資料に目を落としていたK会長がぼそっと言った。
「なんで辞めさせるなんてしたのでしょうねえ。この話は寝耳に水でしたよ。考え直されたらいかがですか」
「・・・・」
60歳を超えたAさんに辞めてもらうことはK会長も了承済みであった。
資料を触りながら続けた。
「自己保身・・・。リーダーは自己保身に走ったらダメですよね。周りは見ていますよ」
張っていた糸が切れるように、力んで凝り固まっていた両肩が急に緩んでいった。
私が社長としていかに無能かを滔々と話すご老体の声が、だんだんとうすくなっていく。
「社長はまだ若いから他へ行ってもまだなんとかなります。うちの会社にはもったいない」
もういいや。
翌日、私は墨をすった。
2週間後、同じ部屋にいた。
右手の窓から明るい陽が差している。
K会長はM先生へ報告した。
「Aさんを辞めさせることを取りやめました」
M先生は安堵したように見えたが、こわばった顔で私に視線を向けた。
「社長も考え直してくださいよ」
「いえ、もう決めましたから」
「このままだと・・・。そこをなんとか考えられませんかね」
「決めたことですから」
「K会長、それでいいんですか」
「・・・・」
「もう、社長も頑固なんだから」
私はエナジードリンクを飲み干した。
うまい。
壁にかかっている風景画を見ながら、K会長から「戻ってきて欲しい」の言葉が出ないことをただ願っていた。
