『インフレの時代』(渡辺努著/中央公論新社/2026年)

中小企業にとって価格転嫁は悩ましい。
ここ数年間で価格を上げることへの抵抗感は少なくなってはきているものの、やはり価格を上げてお客様が離れてしまうという怖さはみなさんお持ちです。
思いきって価格を上げたことで、思いの外お客様が離れず、逆に収益が改善されているケースもある。
次に悩ましいのは、毎年2%以上のインフレで進んでいくと考えたとき、継続的な賃上げもしていかないといけないし、原価や人件費分の価格転嫁を「毎年」できるかどうかというところではないでしょうか。
実際は、毎年価格をいじるのはハードルが高いと思います。
本書はそんな悩ましい状況が続くインフレ時代を考察しています。
著者の渡辺さんの試算では、国のインフレ税収は180兆円にもなるようです。
インフレで国の利払費が増えることも加味しての数字です。
日銀は逆に90兆円の損失が出るため、国がその分を補填したとした場合でも、90兆円は残る。
この90兆円はボーナスみたいなものなので、どう使っていくかが問われている。
「中小の下請け企業では価格転嫁ができず、そのため賃上げがなかなか進まない現状があるが、こうした企業の価格転嫁促進のための施策に90兆円の一部を投入することは十分割に合う支出であろう。」(p. 218)
賃上げしないと人の確保もできず、その分の価格転嫁ができないと、中小企業は体力がないためもちません。
政府が国民にわかりやすく説明できるならば、理解は得られるのではないかと思います。
2月の衆院選では消費税減税がテーマになりました。
どこまで効果があるのか懐疑的な人も多いなか、ほとんどの政党が減税を訴えていたという、ちょっと異様な空気感を私は感じました。
経済の視点ではどうなのだろうか。
本書では他国の例を参考に、税率が下がったときはそれだけの値下げは起きず、税率が戻ったときには価格は税率を下げるときよりも高くなっているという現象が起きるのではないかとしています。
たとえば時限的に食品消費税が0%となった場合、税込108円の食品を企業は100円にはせずに103円にする。税率が8%に戻るタイミングで企業は110円に値上げする。
企業からすると消費税率の変更だけではなく、賃上げや原材料費高をどう価格に転嫁できるかも併せて考えているため、こういうタイミングで価格転嫁を実施したいと思うのも理解できます。
私ならそうします。
最終的に110円になったとしても、それは「コスト増のため」と言えるし、なんなら110円では足りないくらいかもしれない。
消費者の立場で考えると、この物価高は延々と続いていく気がし、どんどん財布の紐が固くなっていく。
賃上げが進むことで収入が増えれば問題ないという理屈は頭では理解できても、実際の気持ち面ではそこまで追いついていないのが現状ではないでしょうか。
そう考えていけばいくほど、企業は価格転嫁に躊躇するのも仕方のないことです。
下請け企業など受注元との力関係で価格転嫁ができない場合は国からの施策は有効だと思います。
一方、一般消費者向けの商売をしているお店、とくに小さいお店は、今の状況では価格は上げづらい。
立場の違いによってこの「インフレの時代」に対する捉え方が変わりそうです。
経済全体を見ている人と、目の前のお客様を見ている人では違う。
体力のある企業と、中小零細では違う。
消費者でも大企業に勤めている人、中小に勤めている人、個人で事業をしている人でも違う。
2歩進んで1歩下がる、また2歩進んで1歩下がる。
しばらくはそれぞれの立場でこれを繰り返していくことになるのではないでしょうか。
