1054 そもそも「発言する気がない」のではないか

月1回の勉強会があり、面白い意見がありました。

テーマは「心理的安全性」。

心理的安全性とは、「率直に発言したり懸念や疑問やアイデアを話したりすることによる対人関係のリスクを、人々が安心して取れる環境のこと」です(『恐れのない組織』)。

中小企業で心理的安全性をどう高めて、スタッフが意見を出しやすい環境にしていくか。

ある参加者がこうおっしゃいました。

「多くの中小企業では、スタッフが『発言しにくい』というより、そもそも『発言する気がない』のではないか」

考えさせられる視点です。

スタッフから意見が出にくい環境は会社にはマイナスであるので、いかに心理的安全性を高めるかということを私は考えてきました。

もし、心理的安全性の有無に関係なく、意見を言う気がないスタッフが多い場合、どうすればいいのだろうか。

まず考えたのは、リーダーが「問い」を投げかけることで、スタッフの考えていることを出してもらう必要性です。

雰囲気が良くなったとしても、意見を言うことに慣れていない人はなかなか言葉を発せない。

リーダーという立場にある人がスタッフに問いという形で水を向ける。

そうすれば意見も出るようになるだろうと。

これでも意見が出ない場合はどうすればいいのか。

そこでふと疑問に思いました。

「本当に意見を言うことが大事なのか?」

意見を言いたくない人、意見が持てない人がいるとき、意見を出すことを強要していいのか。

「言わない」という選択を取れることが「心理的安全性」ではないのか。

組織として目的に向かっているので、関わる人には当事者意識を持ってもらいたい。

「意見がないのは当事者意識がないからだ」

こう決めつけてしまいがちになります。

そもそも、当事者意識を持つことを期待していいのでしょうか。

私が経営者の立場であれば、社員には当事者意識を持ってもらい、意見をしっかり出してもらう文化をつくっていきたいと思います。

そして、意見を言わないスタッフがいるなら、「うちの文化とは合いませんね。他へ行った方が幸せになりますよ」と促したくなる。

でも現実的には、人手不足でそんなこと言っている余裕はないでしょう。

そうなると、ここにジレンマが生じます。

どこまでを許容すればいいのか。

先日ふと意識に上がった「対話にも限界がある」という考え(No. 1050参照)。

心理的安全性も同じように限界はありそうです。

限界を知った上で、どう現実と折り合いをつけるか。

そこに物事の深さと哲学があるように感じます。

経営経験やコーチングの実践を通じて、深い対話により経営の選択肢を広げ、納得感のある意思決定をご支援しています。また、組織やチームの関係性を育む支援に取り組んでいます。3Cサポーター/中小企業診断士
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