『ファウスト』(悲劇第一部・第二部)(ゲーテ著/手塚富雄訳/中央公論新社/2019年)


ドイツの文豪ゲーテの作品。
『ファウスト悲劇第一部』は1808年、『ファウスト悲劇第二部』は1831年に世に出ました。
ゲーテが20代から82歳で生涯を閉じるまで長きにわたって取り組んできた作品です。
戯曲形式で書かれています。
率直な感想は、「よくわからない」(笑)。
世界観がすごすぎてついていくのが大変でした。
こういう描き方っていいんだ〜という感じも受けました。
ファンタジーというか、サーカスというか、何でも飛び交う世界観を見せられている感じがします。
そういう意味では、ダンテの『神曲』にも近いものがあります。
ただ、『神曲』よりも理解が難しい。
主人公のファウストは、悪魔であるメフィストフェレスと魂を賭けた契約を結びます。
この「瞬間」に対して、「とまれ、おまえはじつに美しいから」(第一部 p. 142)と言ったら魂を取られてもいいと。
その代わり、悪魔の力を借りて全人類が経験するあらゆることを経験しつくすことを手伝ってくれと。
「そして全人類が受けるべきものを、
おれは内なる自我によって味わいつくしたい。
おれの精神で、人類の達した最高最深のものをつかみ、
人間の幸福と嘆きのすべてをこの胸に受けとめ、
こうしておれの自我を人類の自我にまで拡大し、
そして人類そのものと運命を共にして、ついにはおれも砕けよう。」(第一部 p. 142-143)
そこからいろいろな出来事が起こります。
そして、第二部ではさらに世界観が理解しづらくなる。
読了後に感じたことは、人間っていかに欲が深いかってことです。
あれを得ても、これを得ても、欲は際限がない。
次から次へと追い求めてしまう。
たとえそれによって周りの人が迷惑を被っても。
欲に動かされた自分の内から出る夢想を追っている限りは満足できない。
政治、戦争、ビジネスなど、あらゆる場で剥き出しになる人間の本質みたいなものが、この作品で描かれているように感じました。
最後、ファウストは皇帝から海岸地帯の土地を与えられ、そこで自分の国を築いていきます。
土地の開発を進める中で立ち退きに応じない老夫婦が丘の上に住んでいました。
立ち退き執行を買って出た悪魔が、交換ではなく強奪という形で、家に火を放ち老夫婦を追い出します。
ファウストはそのことに激怒はしますが、それでも自分が描く楽園を作ることを夢想していきます。
そして、そういう楽園が出来上がったら「とまれ、おまえはじつに美しいから」(第二部 p. 568)と言ってもいい、と口走ったところで魂を取られます。
ファウストの魂は地獄へ行かず神により救われます。
どこまでも欲深く、どこまでも自分の夢想から抜け出すことのできない人間がいますが、最終的には魂は神に守られる。
個人的には「現世は魂の修行場」と捉えていますので、この結末は腑に落ちました。
もがいてもがいて、欲まみれになって、いろいろな経験をして、たくさんいろんな人に迷惑をかけても、それは魂の学びである。
そんな魂は、もうはじめから神には守られている。
そんなことを考えました。
あとから考えれば考えるほど作品の深さがじんわりと響いてきます。
セリフの言葉がわかりづらいことも多く、読んでいる最中はなかなか心に響いてきませんでした。
頭に入ってこないので、飛ばし読みに近い形でもあった。
それでも残る何かはあった。
この作品は自分の年齢によっても受け止める印象が変わると確信します。
でも、今の時点でもう一度読み返しておかないといけない気がしました。
ということで、年内にもう1回読み返してみたいと思います。
こういう経験ははじめてです。
