0089 表の面だけに捉われない

コインを投げる。

表か裏か。

どちらが上の面に来ようとも、必ず下の面がある。

当たり前のことなのに、普段はそのことを忘れてしまうことがあります。

例えば、情報。

何を正しいとするのか。テレビで流れていたら正しいのか。肩書きがある人が話した内容が正しいのか。

あくまでその情報は一面でしかないことを忘れがちになります。でも、物事は多面的のため、

必ず違う見方が存在します。

例えば、人。

「あの人は裏があるから」

そういう言い方をするときがあります。人だっていろいろな思惑があるわけで、表面で見えていることがその人の全てを表すということにはならない。裏の面が見かけと全く違うこともあります。

私は30歳くらいまでは、ほとんど表の面しか見ないで生きてきました。人と接していても、あまり裏を考えることはなかったです。

でも、30年も生きていれば、表裏が全く違うという人に出逢います。表しか見ていなかったため、裏面の強さに圧倒され、傷ついた経験もあります。

それから10年近く経ちました。

人に関しては、私は今でも表ばかり見ています。仮に裏があったとしても、たとえそれで騙されても、そこを見抜けなかった自分の非力さだと反省して前に進みます(実際にはそんなひどい人は出てきませんが)。

情報に関しても、表のことばかり受け止めてしまう。裏面があることに思いを馳せるということが足りていません。

「本質」って何か。

そこをわかりたいと思う気持ちが強くなってきました。

枝葉の部分は華やかで素敵なことも多い。川沿いを歩いていても、目が行くところは咲いている花や葉っぱの部分。でも、根っこの部分ってどうなっているのかをしっかり見据えたいと思っています。

そのためには、物事には必ず裏面があるということ。いや、裏面だけではなく、違う面が複雑に絡んでいること。つまり、多面的であるということを忘れてはいけないと思います。

そこをしっかり捉えた上で、

「清濁併せ呑む」

が大事なんだと考えています。

35歳のときに40年以上続く会社を後継者として 事業承継を行い、6年間代表として経営に携わりました。代表を退任後は、中小企業の事業承継を支援しています。中小企業診断士/ビジネスコーチ
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